松本書道会
現代破体書道の第一人者・松本筑峯の流れを汲む書道教室です。
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松本筑峯について
  • 松本筑峯

    松本 筑峯

    まつもと ちくほう

    大正7年(1918年)〜平成21年(2009年)


    現代破体書道の第一人者。
    本名は磐祐。
    石川県羽咋市に生まれ、茨城県下妻市で育つ。
    東京美術学校(現東京芸術大学)師範科卒。
    東京陸軍幼年学校にて図画・書道担当教官。
    東洋書道芸術学会前会長。松本書道会名誉会長。

    幼少の頃から、物を正確に書き写すことには秀でていて、特に一本の線で描く方法・一筆描きが得意であった。
    生まれつき、左利きであったが、物心ついたころには両利きであり、字も絵画も右手で書いても、左手で書いても、まったく同じ出来栄えであった。
    東京美術学校在学中に、後の岳父となる、昭和を代表する書家・書道教育家の石橋犀水と出会い、画家志望から書家へ転向をした。

    常に、書の芸術表現の可能性を探り続け、一紙面上に2書体以上で表現をする、『破体(はたい)』を徹底的に探究をした。

    1952年、松本筑峯は、岳父の石橋犀水が結成した日本書道教育学会の東京都美術館で開催する展覧会において、満を期して破体書処女作である「鳥遊」を発表した。
    しかし、松本筑峯の破体書の処女作は、一部の学会員からの辛辣な酷評に終わった。 破体書の追求を思う存分にするには、当時の封建的な日本の書壇では難しいと強く思い、日本書道教育学会を離れ、一人で破体書の探究を徹底的に始めた。

    松本筑峯は、唯一無二のイメージの書として、字の根源である『金文』を活用し、方勢と円勢の構図、墨の濃淡を取り入れ、『筑峯の破体書』を大成した。

    国内にとどまらず、世界各地で個展や破体展を開催。
    海外でも究極の書芸術「破体」に対しての評価は非常に高く、亡くなる直前まで精力的に破体書道の普及に取り組んだ。

    筑峯のモットーは、「作品で勝負する(Let the work speak for itself.)」である。

    -著書-
    「破体書のすすめ-日本図書館協会選定図書」
    「書道破体美論」
    「金文字典」
    「破体書道史-日本篇」
    「破体書道史-中国篇」
    「千字文四体」
    「七つの書体」
    「書道の基本」等多数。

    -揮毫等-

    ・映画
    『千利休 本覺坊遺文』ポスター題字 東宝映画
    『人間の約束』 タイトル・邸宅内全作品 西友映画

    ・ドラマ 『横溝正史傑作サスペンス・犬神家の一族』題字 テレビ朝日・にっかつ

    ・碑
    茨城県下妻市多賀谷城址公園内
     『征きて還らざる人々』揮毫
    茨城県下妻市多賀谷城址公園内
     『戦後50周年記念碑』揮毫
    茨城県下妻市高道祖に
     『県営排水対策特別圃場設備事業竣工記念碑』揮毫
    石川県白山市一里野 開成社
     『開成社』揮毫
    石川県白山市一里野 開成社
     『松本源祐能美郡長遺徳記』と歌碑揮毫
    石川県白山市一里野 加寶神社
     『協同躍進』揮毫
    石川県白山市一里野 加寶神社
     『市区町村合併経緯・繁栄祈願』揮毫
    中国 南京市顔真卿碑林に『飛々凌太清』
    中国 鎮江市焦山に破体碑亭
     『仙人如愛我挙手来相招』 など

    ・所蔵
    盛岡橋本美術館内 破体3点
      (橋本美術館閉館後盛岡市に移管)
    茨城県立下妻第一高等学校為桜学習館
     破体2点
    茨城県下妻市博物館 破体5点
    天龍寺「月下三舟」
    佐久市立近代美術館「泥中蓮」
    中国 鎮江博物館「旭日蒼松」
    スリランカ国立仏教会館「鳥歌花舞」
    ポーランド・トルン地域博物館
     「晧月千里」(2010年)
    チェコ・プラハ 国立美術館収蔵
     「萬物は流転する」
      など多数


    -関連サイト-
    松本筑峯公式フェイスブックページ
    松本筑峯についてのエピソード
    松本筑峯とパブロ・ピカソに共通する視点とは何か

松本筑峯写真
松本筑峯揮毫
松本筑峯作品