松本書道会銀座ルーム
游高
現代破体書道の第一人者・松本筑峯は、インタビューで、
「作品は、観る人が楽しくなければならない。」
と柔らかな笑顔で語っている。
ある日、松本書道会で破体書についての映像を収録した際、銀座ルーム所属の弟子たちが印象的な言葉を口にした。
「破体書を初めて見た時、ピカソの絵画のようだと思いました。」
その言葉を聞いたとき、かつて松本筑峯が、ピカソに似ているとよく言われる、と語っていたことが思い起こされた。
松本筑峯とパブロ・ピカソに共通するのは、
写実を超えた表現へと至った、その過程にある。
両者に共通しているのは、まず前提として、対象を正確に捉え、再現する力を十分に備えていた点である。
ピカソは幼少期から卓越した写実力があり、松本筑峯もまた、対象を精緻に写し取る力に優れていた。
松本筑峯は左利きであったが、右手でも左手とほぼ同様に筆を扱うことができ、その筆致に大きな差は見られなかった。
また、一筆で絵を描き上げることも可能であり、線を途切れさせることなく、全体の在り方を一気に捉え、そのまま作品として成立させていた。
これらは、私が日常の中で実際に目にしてきた事実である。
そして、松本筑峯は当初、画家の道を志していたが、芸大在学中、後に岳父となる昭和を代表する書家・石橋犀水との出会いを契機に、画家から書家へと進む決断を下した。
その後、書家として書芸術の表現方法を徹底的に探究していったのである。
このように、対象を正確に再現するための技術は、両者にとってすでに前提として備わっていた。
だからこそ彼らは、単なる写実にとどまらず、その先へと進んだのである。
ピカソは、対象を一つの視点からではなく、複数の視点から捉え、それらを一つの画面の中に統合した。
それは現実をそのまま写すのではなく、分解し、再構成する試みであった。
一方で松本筑峯は、複数の書体を一つの作品の中で融合させることで、書の表現を拡張した。
そこでは、文字は単に形として書かれるのではなく、在り方として再構成されている。
両者に共通しているのは、再現ではなく再構成へと向かった点にある。
見えるものをそのまま写すのではなく、対象の本質をいかに表現するかへと関心が移行している。
その結果として、作品は一義的な見え方に収まらず、鑑賞者の解釈が入り込む余韻を持つ。
ただしそれは、無作為に委ねられているのではなく、作家自身によって設計された在り方の中で成立しており、その上で解釈の自由度が大きく開かれているのである。
写実は、彼らにとって到達点ではなかった。
それはあくまで前提であり、その先にこそ、芸術としての創造があったのである。
その表現に触れたとき、私たちは理屈を超えて、どこか心が動くのを感じるのではないだろうか。
これまで、松本筑峯とピカソの共通点を述べてきたが、両者には明確な相違もある。
ピカソが一人の芸術家として革新的な表現を切り拓いたのに対し、筑峯は芸術家であると同時に、破体書という一つの書芸術領域を定義し、体系化し、後世へと継承可能なかたちに整えた点にある。
今回、銀座ルーム所属・伊藤仙高が破体書の魅力を分解し、その意義を咀嚼し言語化してくれたことに、深く感謝の意を表したい。
本稿が契機となり、破体作家たちの表現の幅がさらに広がるとともに、書が芸術として認識されながら、自然と日常の中に息づいていく未来を想像している。
後世に破体書を繋げる一手として、私自身もさらに研鑽を重ねていく所存である。
2026年5月22日
東京美術学校(現・東京藝術大学)入学後の松本筑峯
東京美術学校(現・東京藝術大学)入学試験時に描いた松本筑峯のデッサン
理系弟子が語る破体の魅力
”松本筑峯とパブロ・ピカソに共通する視点とは何か”
を掲載いたします。
伊藤 仙高 近影
”松本筑峯とパブロ・ピカソに共通する視点とは何か”
松本書道会銀座ルーム
伊藤 仙高
私が、破体(HATAI)という言葉に出合ったのは今から約28年前のことである。
最初は高尚な書芸術だと思っていた私にとって、自身が破体書で表現して書くなど、到底無理で、他人事だと感じていた。
高校生以来、久しぶりに一般の書道(半紙漢字)をするために筆を持った時、心が整う不思議な感覚があった。
その際に、自身の好きな言葉を自由に表現をして書くように、と師に言われ、果敢に「鳥獣戯画」を書いたのが破体処女作だ。
今までの書道とは違う、躍動感や変幻自在さ、また書表現のあくなき探究心が一気に掻き立てられ、書の無限の可能性を感じた。
それから気づいたら15年超、破体書の魅力にとりつかれているひとりである。
今回、稚拙ながらも、私が感じる破体の魅力を言語化することで、破体書を更に世に広める一助になることを願い、筆をとってみた。
私は、ドキュメンタリー映画『それでも地球は動いている』を観たことがある。
制作年は定かではないが、破体についてや、松本筑峯に関わる多くの先生方のインタビューが収められた作品である。
その中で、珍しく松本筑峯自身のインタビュー場面があった。
朗らかな笑顔が、今も深く印象に残っている。
破体を切り開いた筑峯は、しばしばピカソに喩えられるという。その言葉を耳にしたとき、私は強く心を惹かれた。
なぜ松本筑峯は、ピカソに喩えられるのか。その問いが、私の中に残ったのである。
パブロ・ピカソといえば、20世紀最大の画家で、キュビスムの創始者の一人である。
とりわけピカソの代表作品《ゲルニカ》は、教科書でも見た記憶のある著名な作品だ。
幼い頃の私には、その画面に込められた意味まではわからなかったが、さまざまな造形が交錯する強い印象だけは残った。
ピカソが挑戦した核心は、同時多視点にあると言うこともできる。
通常の写実絵画は、一つの視点から見た三次元の世界を、二次元の画面に写し取ろうとするものである。
ところがピカソは、顔であれば正面と横顔を同時に描き、物体であれば上面や側面だけでなく、ときには内部構造までも一つの画面の中に重ね合わせた。
さらに、時間の流れによって変化する姿さえも、一枚の絵の中へ圧縮しようとしたように見える。
つまり彼は、三次元の形態に時間的変化を加えた複雑な現実を、二次元空間の中でいかに表現できるかを探っていたのである。
私たちは本来、複数の視点を同時に見ることはできない。 ところがピカソは、その、同時には見えない複数の視点を一枚の画面の上に重ねた。
その結果、作品は日常の視覚経験とは一致しない構造を持つことになる。
だからこそ、一見すると抽象的に映るのである。
しかし、ピカソ自身にとってそれは単なる抽象化ではなかった。
むしろ彼の試みは、ひとつの視点では捉えきれない、より多くの現実を一度に表現することだったといえる。
この点で、ピカソの方法は従来の三次元表現とは大きく異なる。
従来の絵画は、透視図法や遠近法を用いて奥行きをそれらしく再現し、見る者に立体感を感じさせてきた。
つまり、それは「どう見えるか」を整えて描く方法であった。
これに対してピカソは、遠近法の秩序をあえて壊し、対象の形態的本質をいったん分解し、それを新たに再構成した。
そこでは奥行きや形の情報が単純化されるのではなく、むしろ増やされ、複数の層として画面に配置されている。
松本筑峯に《鳥遊》という作品がある。
一般的な書の見方からすると、「鳥」が小さく、「遊」が大きく配置されており、どこか不思議な印象を受けるかもしれない。
しかし、まさにそこに破体の本質がある。
私には、この大きく書かれた「遊」の線が、小鳥の飛翔の軌跡、すなわち動線そのもののように感じられる。
小鳥が大空を自由に遊びながら飛び回る景色が、二次元の書面の上に立ち現れているのである。
そこには単に文字の形だけでなく、飛ぶという運動、さらには時間の流れまでもが、一つの平面のなかに表されている。
そしてさらに私には、その画面の奥に、澄み切った青空の中を小鳥が舞う情景までもが見えてくるのだ。
このように破体は、作品の意味を一つに固定しない。
“観る側”に解釈の自由を渡し、観者自身が線の意味や空間の緊張を読み取りながら、作品を心の中で再構築していく。
完成形を一方的に提示するのではなく、観者の解釈の余韻を残すのである。
この点は、現代アートに通じる本質的な態度とも言えるだろう。
破体書道とピカソに共通するのは、対象を“見えるまま”に描くのではなく、いったん分解し、その本質的な要素を取り出して、新たな構造として再構成するところに美を見いだしている点である。
破体は線と空間によって、ピカソは面と形態によって、それぞれ異なる文化圏の中で、きわめて近い思想を実践しているのである。